読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

光が丘の高層団地は、日本の何を象徴しているのだろう?

 

東京、練馬の光が丘団地という高層住宅に25年ほど前に住んでいた。この25という数字を打ってみて時の流れにちょっとびっくりする。インターネットやデジタル放送やスマホなど、現在の生活を彩るガジェットはまだ存在してなかった。そんな頃、30階建ての高層住宅がニョキニョキ建ち並ぶような、考えようによっては異様な住宅地に住んでいたことに、時々ではあるけれど大きな感慨をおぼえることがある。

近くのゴミ焼却場の熱を利用したセントラルヒーティングで、ひねるとお湯がでてくるような、今のマンションなら当たり前かもしれないけれど、公団によって30年も前から開発されたことを考えると、おそらく当時の先進的なモデル住宅だったわけだ。天井が高く、防音、耐震性に優れた構造になっていて、いま思い出してみても当時のハイテクな住居だった気がする。中央管理・警報システム、オール電化、ダストシューター、高速エレベーター、お風呂に熱いお湯がドンドン出てくるイメージなど、いまも脳裏から離れない。

僕ら家族が入居した前後は大きな商業施設や映画館などのレクリエーション施設が整備されていき、病院が進出し、グラウンドや体育館、図書館が作られ、しばらくすると地下鉄が開通することになった。最初の頃は、陸の孤島と呼ばれていたが、近くに大きな公園もあり、計画的に整備された街並みは、まるで当時流行したテレビゲーム「シムシティ」を地で行くような都市・住宅空間だった。

連れは、その頃の高層団地ライフをあまり気に入っていないような発言もする。しかし、僕は自分たちが成長してく勢いと共に都市が発展して行く姿に自身を重ね合わせていたという事もあってか、そこでの暮らしをいい思い出として持っている。

まるで遠い過去のような書き方をしているが、いまもかの団地は存在している。住宅公団の総仕上げのような光が丘団地も、いずれ古くなり解体される日が来るのだろう。関東のあちこちにある、かつて日本の高度成長を彩った大規模団地が、古くなり消滅したり、建て替えが進んでいるのを目の当たりにしていると、なぜだかは知らないが胸がざわついてくる。