akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

知的障害者はアンドロイドの夢を見るか

知的障害者の通所施設で働いている。
いわゆる福祉作業所という場所だ。

利用者は50数名で、その障害の重さで部屋割りと作業内容が替えられている。主に絞り染めのタオルなどの自主生産品と、買い物用紙袋の製造やダイレクトメールの封入、食品のラベリングや封入などの作業を行っている。彼らは養護学校などを卒業して、仕事場として施設に通所するのだ。一般就労できるくらいの人もいるが、なかなか就労が上手くいかない人が福祉作業所に通うようになる。

労働環境を提供している施設だが、老人の福祉施設と同じく、入所待ちの人が多い状態が続いている。通所ではない入居施設、特にグループホームなどの生活の基本となる施設となるともっと大変で、どこも多くの待機者をかかえている状態だ。自宅から通う人たちも多いが、保護者が働いている時間に家にいるわけにいかず、あるいは高齢の父兄であれば、その手にあまる状態になるケースもあり、結局のところ施設に働きにでたり入居する施設を探す選択となる。

自分自身のことでいえば、今までブランドのショッピングバッグやダイレクトメールなどを、クライアントと協議し制作して印刷会社に発注するといった<川上>で仕事をしていたけれど、今度は<川下>で発注された内容を印刷会社に納品する側になった。いままで、現場の大変さを知らなかったわけではないが、立場が変わると「なんだこの仕事は!」と言いたいシーンも出てくるのがたまらなく可笑しい(笑)。

ダウン症自閉症、あるいは何らかの因子で知的障害者になった人たちの暮らしは、昔に比べて良くなったと言われる。ノーマライゼーションという言葉がほんの少しではあるが普及し、障害者支援のいくつかの法律も施行され、彼や彼女たちの権利も健常者と変わらないかたちで保護される時代になった。とはいえ、現場で触れ合って感じることは、いわゆるバラ色なんてものではない。まさに思い出される言葉は「時おり来て 涙を流してくれる人よりも 毎日そばにいて 汗を流してくれる人に もっと感謝しなさい」というものだ。

毎日たいへんな気持ちで利用者と接しているのだけれど、そんなものは実は大した事ではなくて、本当に大変なのは保護者だろうなと強く感じる。成人してからは専門施設にいれる親も多いが、その判断を薄情とは呼べないこともよく理解できる。

自閉症は病気であっていわゆるひきこもりの自閉と誤解されていることや、ダウン症は天使だといった言説や、いまでも残る「白痴」や「知恵遅れ」という言葉に対する差別意識など、彼らを取り巻く環境は数多くの誤解で満ちている。これだけ科学技術が進化した時代になってもなお当たり前のことだけれど、知的障害者は一定の確率で生まれてくるし、彼らをめぐる差別の構造や社会制度の不備は昭和の時代からあまり改善されているとはいえない。それらの現実に戸惑いは隠せない。

そんな畑違いの分野へ飛びこんだ僕にできることといえば、福祉の世界で長い経験をしてきた人たちのアプローチとは違う、あるいはボランティア精神あふれる優しい人たちとも違う、どこか醒めた視点と姿勢を意識しながら接していくことだけだと思っている。