akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

高畑勲がおかした罪と罰

 

『かぐや姫の物語』。噂によると50億円ほどの巨費を使って、興行的にはコケているということだ。まあ、高畑勲という作家が作りたくてしょうがなくて作った作品なので、宮崎駿の映画のように商業的に成功するかどうかは二の次なのだろう。スタジオ・ジブリという会社の屋台骨を揺るがすような費用的な損害をもたらすかどうかは知らない。

 

夢を作る工房とはいえ、会社は会社。公開企業ではないので、企業会計がどうなっているか実は興味深いところ。キャラクターや美術館など手広く多角経営しているので、今回のコケた作品で揺らぐことはないとは思うけれど、ひとつの企業体としての映画製作会社を考えると、おそらくヒット作を作り続けなければ存続しにくい経営構造になっているだろうから、宮崎駿引退後のスタジオ・ジブリで多くの損失を出すことは大変なことではないだろうか。

 

「モノ」を創造する会社の継続は難しい。あのディズニ-やアップルでさえ、ヒット作を失った時期は、身売り話や経営難がささやかれていた。自転車操業とまでは行かないけれど、人気バンドが売れなくなると解散したりするのと一緒で、創意と商業的な成功を両立させるのは難行苦行だと思う。ソニーが苦戦しているのも、魅力的な製品が作れなくなってきているからだといわれている。

 

アニメ映画を観てこんなこと考えるのも変な話。

 

『かぐや姫の物語』は、よく出来た作品だということ。77歳とは思えない瑞々しさが漂う演出で、2時間15分もあったのかと思わせるくらい楽しいアニメになっている。しかし、売れる作品ではないということ。その理由は、絵にある。

 

本人も語っているけれど、高畑さんは現在の日本の主流である(もちろん、宮崎さんの絵も含めた)アニメ絵の「文法」が嫌で、この作品を作ったのだろうと思われる。ディズニー、東映動画から脈々と続く平面的な絵のパターン、手塚治虫やガンダムやエヴァ、まどマギに至るまで、センスは違うけれどフラットなマンガの線というものは実は共通している。深夜のTVアニメを覆い尽くす、単純なアニメ絵もしかり。この日本のアニメ絵が、嫌で嫌でしょうがなかったのではないか。

 

ユーリ・ノルシュテインや『頭山』の山村浩二じゃないけれど、一枚づつのスケッチや挿絵を動かしたいと願っていたのだろう。本来なら短編や小品となる作品を、スタジオ・ジブリというブランドをバックに大きな商業ベースでやってみたかった…。量産されるアニメの絵のベクトルを、ジブリという日本で一番有名なスタジオから、変更させてみたかった。そう思ったのではないか。ただし、その選択をした時点で、観る人をかなり選ぶことになった。「文法」の違う絵は、商業ベースにおいてはそう簡単に受け入れられない。当然のことながら、ヒットはしない。

 

『かぐや姫の物語』の副題(映画のキャッチコピー)は、「かぐや姫がおかした罪と罰」という。これはそのまま、高畑さん自身にあてはまる。高畑勲がこの作品でおかした罪と罰ジブリ、日本の商業アニメ界に対してある種の罪をおかしてしまったのだと思う。そしてその罰をどのように受けるのか。ここからが、実は興味深くなる気がしている。