akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

観た、泣いた、『まどか☆マギカ 叛逆の物語』

観てきました、まどか☆マギカの新編。感想の一番は「やっちゃったな~」というもの。TVシリーズを観た時、これだけの高度な内容と水準で毎週にわたって放送し続けられる日本という国は凄いなあ、と妙な感心したアニメだったのですが。

 

「新編」を劇場公開するに当たっては、たぶんTVシリーズのお茶を濁す程度のものになるだろうと、期待はせずに観に行ったけど…。すみません、感動しました。こんな萌えキャラクターたちで、中2病ともいえる内容を壮大な物語に展開させ、可愛らしさとグロテスクを混ぜあわせた背景で物語を描ききったその振り幅に感動したのです。ジブリ製という王道アニメが存在している国だからこそできる、エヴァよりもオタク垂涎の病んだ精神汚染アニメとでもいえましょうか。

 

まどか☆マギカ 叛逆の物語』。TVシリーズ12話を知らないと、全くわかりません。観に行く人は必ず予習してください。というか、先のシリーズで感動した人ならば必ず観にいくはずです。

 

TVシリーズが鹿目まどかを中心とした世界の再編、「円環の理」の話だったのに対して、今回の劇場版は暁美ほむらの成長(?)譚ともいうべき、彼女なりの悪の選択の話です。さまざまな少女の呪いを時空を超えて浄化させる、概念としての存在であるまどかを、時間という概念を持つほむらがどうやって見守る(手に入れる)かというお話。

 

ネタバレですが、いや、ホントに怖かったです。希望や救済の象徴であるまどか(秩序)を、絶望や孤独の象徴であるほむら(欲望)が飲み込むさまを、このシリーズを観てきた者たちは目撃することになるわけですから。それを「魔なるもの」と呼ぼうが、それを「愛」と呼ぼうが、もはやそんなものはどうでもいいでしょう。世界はまた再び編みこまれることとなります。半分欠けた月を持つ時空間として。

 

少女の持つ残酷性を可愛らしさを共存させた劇団イヌカレーの空間構成。時間を巻く、結界の編みこみ、髪を編むシーン、糸巻き、多くのリボンや紐、手芸を連想させるシーンから、降り注ぐ通学靴、あふれるケーキ、奇妙なお茶会、バレエダンス、それぞれの少女たちの色を持った風船、悪夢のような出口のない街、そして多く流される血とギロチン。きりがないほどの大量なイメージで少女たちの精神世界を視覚化させ、その中にフラットな萌えキャラを戦闘美少女として配置させて戦わせる。こんな異様な世界を、誰もが見ることのできる商業映画というジャンルで成立させてしまうスタッフの力技に感動してしまいます。

 

1980年代以降、宮崎駿高畑勲という王道を中心に、押井守大友克洋庵野秀明今敏湯浅政明細田守、神山健治、そして今回の『まどか☆マギカ』の新房昭之に至るまで、次から次へと多くの才能を排出してやまない日本アニメーションというジャンル。政府のジャパニメーションがどうしたなんていう政策はどうでもよい。そんなことよりも、彼らがただ面白い作品を作り続けてくれることに心から感謝しています。現代の日本人に生まれて良かったとさえ思うのは、僕だけでないでしょう。