akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

世界の終わりとSF映画ワンダーランド

 

この夏は『パシフィック・リム』『スタートレック・イントゥ・ザ・ダークネス』『エリジウム』とSF映画を続けて観た。3作品ともハリウッドの巨匠たちが撮った作品とは違う味わいで作られている。

 

ここ数年のSF映画に言えることだけど、どれも同じ物語で作られている気がする。それは、「大きなもの」「敵対するなにか」によって世界が破滅に向かっていて、主人公たちがその何かと戦い、苦闘の果てに世界を救うというお話で出来上がっているということ。敵対するものはモンスターや人間や内なる葛藤でも何でも良し。エンタメなので基本構造がいっしょなのは当たり前じゃないか、という意見もあるだろうけど、それにしても最近はヒロイックなお話が多いね。

 

2001年宇宙の旅』や『惑星ソラリス』は言うまでもなく『猿の惑星シリーズ』や『スターウォーズ・シリーズ』、スピルバーグの一連のSF物などは、未来の状況の中で探求の旅や出会いや戦争などを経験するお話が多かった。『エイリアン・シリーズ』『ターミネーター・シリーズ』や『バック・トゥー・ザ・フューチャー・シリーズ』にしても、怪物ありロボットありタイムマシンありの、SFガジェットを満載の物語であって、お話の前提で「世界が滅ぼされるよ、さあどうする?」といった動線はひかれていない。けれど、なんだかここ数年は、人類が滅ぶという様相でストーリーを展開されることが多くなっているよね。

 

逆に考えると、世界の映画作家は共通して人類の滅亡を祈願しているんじゃないか、とツッコミをいれたくなるほどの類似ぶり。21世紀に生きる人々は、心のどこかで破滅願望を抱えながら生活しているのかなあ。あるいは『未知との遭遇』『E.T』のような「出会い」やら『ブレードランナー』のような「探求」の物語はもう自明でお腹いっぱい、「破滅」や「消滅」の味つけでなければ映画を観た気がしないよ、ということなのかもしれない。さらに、破滅や黙示録的なということで言えばSFアニメが一番だろう。エヴァのシリーズも、『まどか☆マギカ』も、世界の破滅に立ち向かう主人公たちがいるという物語構成だ。

 

SF映画やアニメ、エンタメ小説などの枝葉末端の部分を削いでいくと、全部同じ物語構造になっているということは、僕らの住む世界は(もしかして先進国だけの特徴かもしれないけれど)、大量の終末観を燃料にして新しい世紀を生きていく術にしてるのかもしれない。