akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

村上春樹以降の翻訳ブーム

 

ここ数年、古典の新訳ブームが続いているという。童話やファンタジーを中心とした児童文学から、ドストエフスキーカフカなどの世界文学、ミステリーや SFの古典まで。一連の村上春樹訳も、このブームを大きく後押ししている。さらに、マルクスケインズなどの経済本の古典も、どんどん新訳が登場している ようだ。

出版社の翻訳独占権が切れたり、訳者が亡くなったりして、新訳が生まれる環境が進んでいるようだ。もちろん、文体が古すぎて今の子供たち(大人 も!)に読みづらいとか、情報量が圧倒的に違う現在のほうがより正確に誤訳を減らして訳せるとか、差別的な表現を改めるとか、新訳に移行する理由はさまざまだ ろう。出版不況の中で、「新訳」ブーム到来は、「新書」ブームと合わせて、ここだけは光が差しているといった救いの分野となっている。

訳文のリズムや文体に馴染めず放棄してしまった古典が、再チャレンジで読み通せるかもしれない、という機会ができるのはいい。そもそも、普通の人 は、原作にあたれないから翻訳にたよるわけで、その翻訳が大正・昭和初期、戦前の時代の訳文だったりすると、古臭く読みにくいことこの上ない。そして、敗 戦後の翻訳ブームの頃の訳文も、なんとも難解な「翻訳調」で、日本語になっていないような、数行読んだだけで挫折してしまうよな作品もある。海外渡航が増 え、TVやインターネットが発達し、グローバル化が進んだ現在だからこそ、精度の高い翻訳ができる環境は整ってきている。

もちろん、新しい訳だからすべて良いなんてことはいわない。翻訳者の持つ個性や、時代ならではの格調、原文の微妙なニュアンスをこう表現したかと いう感覚も重要だとは思う。(このことに関しては、翻訳業界では泥仕合もあるようだ。)けれど、僕のような、「この翻訳、読みくい。ホントに原文はこんな もんなのかな?」「こんな難解な表現が、その国で売れたいたとしたら、なんて民度が高いんだ。」と、疑ってしまう人間にとっては、いまの新訳ブームは古典 再発見の良い機会に感じられる。

星の王子さま」、「ライ麦畑でつかまえて」の新訳が出た時の議論や、「カラマーゾフの兄弟」の新訳が100万部(!)突破したなんて話は、もっ と話題になっていいと思う。「月と六ペンス」なんて、新訳もいれて、6~7人の訳者で発行されているわけだから笑ってしまう。ルパン・シリーズが新訳にな るらしい。そして定番の「指輪物語」や「ナルニア国物語」などは、どうなるんだろう!?

個人的には、ディックの「暗闇のスキャナー」(山形浩生訳)が「スキャナー・ダークリー」(浅倉久志訳)として新訳されているのと、評判の悪かっ たケルアックの「路上」(福田稔訳)が、「オン・ザ・ロード」(青山南訳)として新訳されているのに興味ある。ハインラインの「夏への扉」(福島正実訳) も、小尾芙佐訳が新訳に挑んでいる。カフカ池内紀訳になってから、随分と読みやすくなった。

話は違うけど、何とかして欲しいのは、岩波文庫の文字の大きさ!どうかしてるよ、まったく(笑)。