akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

「ネクストドア」を持ってますか

アメリカ「サタデイナイト・ライブ」で、若き日のエディ・マーフィが面白いコントをやっていた。黒人の彼が白人の老紳士に扮してパブリックな機関を次々と訪れていくと、見えないところでいかに黒人差別が続いているかがわかるというネタだ。視聴者は彼が黒人であるということがわかっているのだが、コント相手のさまざまな白人たちが、エディにひそひそと優遇措置を提案する。そのたびに彼は「そうだったのか!白人はこんないい思いをしていたのか!」という表情をするわけだ。あからさまに黒人を侮蔑するネタではなく、白人にだけ与えられる「ネクストドア」の乱用に、慇懃こたえていく彼の素振りに対して視聴者は身もだえして笑うというものだ。

最近、このコントをよく思い出す。日本でも「知らないのは当人たちだけ」みたいなケースはよくある。既得権者にとって耳寄りな情報や保護された立場というものは、いたずらに公開するわけにいかない譲れないものなのである。だから、不祥事などが起きて、既得権者の「役得」ぶりが明らかになると、搾取されていた側や情報弱者らが、いちように声を揃えて「ええ、そんないい思いしてたの?」という大合唱になっているわけだ。

東電の役員退職金が数億円だったとか、AIJ社長の年俸が7000万円をかるく超えていたなんて話しはまだわかりやすい。企業に限らず、政治団体や労働組合、宗教団体や保険組合であっても、こと組織と呼ばれる集まりにおいては、上層部とか中枢と言われる既得権者のグループは、いわゆるネクストドアをたくさん所有している。

知らないのは疑うことを知らなかった人々や、情報を与えれなかった人々だけ。格差が進んできたこの日本では、いたるところでエディ・マーフィのコントが繰り広げられている。真面目な若者は、生きがいややりがいなどというお題目を与えられ、汗を流し努力を続ける。マイナスの概念は極力与えられず、誠実なフレーズだけを語って人生を過ごすことを奨励されていく。

別に陰謀論でもなんでもない。日本では、より平等な社会へ向けて動いていると教えられ、差別や格差は撤廃に向かっていると考えられてきている。だが現実は、大なり小なりの山はあるけれど、「ネクストドア」を多く抱えて生きている人たちと、それに気づかされず支えている人たちに分断されている。

世の中で起きる事件の多くは、騙されてきた側による社会に対する反逆だったり、既得権者のほくそ笑みが続かずに起きる失態だったりする。きっと僕たちは、その時にもたらされる亀裂を覗いてからじゃないと、世界を結ぶ像を結びなおせないのかもしれない。