akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

数字が人を侵略する

企業というのは営利を追求している。当然のことながら、お金のことを一番に考えなくてはならない組織だ。働き甲斐やさまざまな労働問題、ステイクホルダーに対する責任がどうとかということもあるが、それもこれも母体が存続していてこその話。つまり、日々、数字に追われているのが実態である。

売上げ、原価、売上総利益、管理費、営業利益・・・・。このような大きな数字だけではなくて、貸借対照表や損益計算書を見たことがある人なら、企業が存続していくには大変な数字の管理が必要なのだということが理解できるだろう。

この数字をずっと見ていると、だんだんと人々が細かい数字に還元されていくというか、何のために奉仕させられていくのかわからないというか、非常に奇妙な感覚に襲われてくる。エンデの時間泥棒ではないけれど、数字が人間を追っかけてきて何かを奪っていくような気にさせられる。

企業の経営指標となる数字の数々、個人の給与明細に打ち込まれた数字の数々、残業やら有給も数字、営業成績からファイナンシャルにいたるまですべてが数字の世界。目に見えて差異がわかる数字という合理性が、あいまいさを排し、人々の営みを数値化していく。

なんだか時々、吐き気をもよおしてしまう。

こういった漠たる不安感を語ってしまうことそれ自体が、ゆううつ状態というか、競争社会からドロップアウトしてしまうような発想にとらわれていることなのだろう。ほとんどの人が数字の恐怖といったことを考えもしないし、仮に感じたとしても、辛いなという気持ちを払拭できる程度の地点で踏みとどまりながら、日常では折り合いをつけ忘れることができている。そして、ただ一所懸命に仕事をして生きているのだ。

このすべてが数字に還元されていく世界から逃れることはできない。ただ、あまり見なくても済む場所へ移動することはできるかもしれない。感じなくて済む精神状態になることはできるかもしれない。そんな地平へ、僕はいま進もうとしているのかもしれない。