akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

「同調圧力」と日本人

ワタミで働いていた女性が自殺た件で、労災認定がおりたことが話題だ。月に140時間以上の残業を行っていたらしい。ワタミ社長のツイッターが炎上している。

ここではワタミのことは置いておいて、日本人の「同調圧力」について考えてみる。

日本の職場では「みんなも頑張っている。辛いけど頑張ろう」といった「同調圧力」が強い。いや、職場だけではないかもしれない。集団というものであればすべてそういう面を持っている。低賃金で過酷な職場にもかかわらず、信じられないくらいのサービス提供を求められる日本の職場は、おそらく世界の国々からみたら変な木の実を食べた国民だと思われているに違いない。それどころかこの優秀なサービスを、日本流「おもてなし」として世界に輸出しようとさえしている。

「おもてなし」は、過酷さの逆の概念のはずだ。日本以外の先進国でそれなりのサービスが成立しているとしたら、その裏側ではそこそこの収入と余裕が与えられている職場だと思われる。ましてや発展途上国であれば、生きていける程度の賃金であろうから、それにつりあった手抜きサービスになるのが当然なのだ。過酷さに見合う以上の苦労をしないというのは世界の標準である。

しかし、ここ日本では違う。どんなに低賃金で、どんなに長時間労働で忙しい職場でも、過剰な「おもてなし」を成立させられるのだ。そしてこのサービスを提供できている要因は、単に会社の経営方針に盲目的に従順だという以上に、その集団を構成する従業員同士の、おそらく目に見えない「同調圧力」が大量にはたらいているのだ。

みんなが残業しているから、気分的に先には帰れない。みんなが同じようなお昼ごはんを食べるなら、自分もそれに合わせる。忙しければみんな頑張らなければいけない。飲み会には出なければいけない。若手社員はこうしなければならない、女性社員はこうしなければならない。そこから外れることは、仲間を裏切ることになるので、事前にそのような思考を回避させられる。低賃金や過酷な条件であっても、勤勉で奉仕的な作業を行うことが、絶対的な正しさだと無意識のレベルで共有させられている。この「同調圧力」が職場でのうつ病ドロップアウト、そして自殺まで繋がっているような気がしてならない。

東日本大震災のあとの「絆」コールにもそのような「同調圧力」を感じる。僕はけして人と人の繋がりを否定しているわけではない。ただ、強制的な「絆」のあり方に戸惑う人々は多いはずだ。おそらく、今まで親族や他人との結びつきがなかったことで救われていた人の数や、無理やり組織の中の繋がりを強いられることで不幸になる人の数も相当数いるはずだ。ただ、それを語らせない「同調圧力」が世の中に蔓延している。

死と引き換えにしてまでの頑張りを求める国民性から、日本人は自由になれるのだろうか。