akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

世界の中心で婚活を

古い日本映画が好きなので、昔からとある幻想を持っていました。

いわゆる重役と呼ばれる人は、仕事といえば何やらスタンプを押していて、お昼に訪れてきた親族と近くで鰻を食べながら、一族の年頃の人物と社内の部下とのお見合いを画策して、ゆっくりと仕事を終えるというもの。もちろん幻想にすぎず、21世紀はそんなことはありませんが。

ただ、こういった映画を観ていて、風物の違いに気づくことが多々あります。その中のひとつが、お見合い。平成以前の日本では、ある程度の年齢になった者は、男は会社社会において、女は友人や井戸端を駆使して、次の世代のために婚姻の世話をするということに注力していました。まるで、社会的な責務であるかのように行われ、実はそう遠くない過去にはそれが隆盛だったわけです。もちろん今もあることはあるのですが、おそらく1970年代くらいまでは、はっきりとしたかたちで存在していた。

この制度、団塊の世代が自由恋愛を通じてこのお見合い制度を揺るがして、80年代に適齢期を過ごした若者たちが崩壊させたという印象ですが、どうでしょう。90年代から、結婚相談所ビジネスが隆盛になり、リクルートを中心とした結婚関連の雑誌が多数出版された時期とも一致します。マッチングという行為が、世代と言う縦の「采配」で行われるのではなく、システマチックに横の「情報」で行われるようになった。つまり子孫の繁栄に、前の世代から次の世代へ向かう意思が反映されることがなく、ただ自由選択だけが与えられるようになったのです。

そして現在。これだけ連日のように「婚活」が叫ばれて、結婚ビジネスや男女交際ビジネスが百花繚乱となっている国は他にないでしょうね。就職活動で100社以上を回る若者も悲劇ですが、お見合いで100人以上に会っている若者もまたどうなんでしょう?恋愛の自由を得たことは素晴らしいことですが、これだけ非婚と少子化が進む日本を見ていると、過去から未来へと進む遺伝子が、「采配」を放棄し「自由」を選んだ若者たちに残酷な仕打ちをしているとしか思えません。