akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

他人の視線という欲望

本当かどうかはしらないが、ある高僧が言ったらしい。食欲や性欲といったものはすぐ捨てることができる。お金の欲でさえなんとか捨てられる。ただ、死ぬまで捨てられないのは地位や名誉に関する欲だと。

一度でも他人が自分にひざまずいたり、畏敬の念を抱かれ、羨望のあまり高潮した面持ちで見つめられたり、あるいは逆に上目遣いで卑屈な表情を見せた時などに得られる満足感は、それを得られる立場になった人にとっては捨てることのできない欲の最大のものかもしれない。

人は人に強く認められたいのだ。確かに、第三者が自分に向ける視線は、エゴ肥大化させる餌としては、人の欲望の最たるものだろう。

世俗から離れた高僧でさえ捨てにくい欲だと語っているのだから、我々のように他の欲も捨てられないような者が簡単に捨てられるわけがない。常に最大級の賛辞は必要ないとしても、何かを成し遂げた時にはキチンと人に認められたい。そしてこの繰り返しこそが人生のモチベーションとなり、長い一生を乗り切る糧となっているといえるかもしれない。

自殺や、他殺などが多発する現在、この欲のことを思いおこす。今の日本では、なにか特別なことさえ望まなければ、基本的な食欲や睡眠、性欲やお金などの欲は満足させられる。ただこの満足とは全く次元の違うところで存在している、「人が自分を認める視線が欲しい」とでも言うべき欲求は、そう簡単には満足させることができない。

飢餓状態のエゴは、自分を餌食にするか、餌をくれない他人を餌食にするかしかなくなるのだ。絶望のかたちはいろいろあるけれど、少なからずこの欲を満たすことができなかったことが、自殺や他殺のひとつの原因ではないかと僕は思っている。