akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

誰が名づけたか「シャッター商店街」。

東京で暮らしていると、街というのは日々成長しているんだというイメージを持つ。ところが、地方へ行ってみると、これは小中規模の街に顕著なのだけれど、そこの中心部の寂れぶりは驚くほどだ。大手資本のショッピングセンターやコンビニ、飲食店が郊外に広がっていて、特別な観光資源でもない限り旧市街地・商店街と呼ばれる街並みは、いわゆるシャッターが下りている状態だ。このような地方都市の風景が、テレビでも報道されることも増えてきた。かつてあった街にポッカリ穴があき、中心のないドーナッツ状に拡散してきているイメージを浮かべるとわかりやすい。

道路行政が進み、マイカー社会が飽和点まで進行した。それに歩調を合わせ、郊外にショッピングセンター、シネコン、大資本による飲食施設などが林立することになった。このような大型店舗に単体の店舗が対抗しようと思ったところで、家内手工業的とも呼べる古臭い商品の品揃え、アイデアの欠けた旧態然とした経営ぶりを持ち出すまでもなく、よほどの伝統的な価値でも有していなかぎり勝てない。そうやって徐々に、魅力のない商店街は淘汰されていく。

これは農家にもいえることだろうけど、後継者がなく、店主が高齢化してきたという側面もある。たとえば家で洋品店をやっている両親の事業を継がず、子供たちが郊外のモールで洋服を売るメーカーに勤めているなんて笑えないこともあるだろう。さまざまな要素が入り混じって、必然のようにどんどんドーナツ化が進んでいる。

昭和という時代は、商店街は楽しみの場所だった。人で賑わい、特別の時間があった。いま思えば商店街に囲まれて建っていた地方のデパートなどは、現在のヨーカドーやイオンと比べて全体的に「しょぼかった」はずだけど、おもちゃを買ったり、上階の食堂で家族とご飯を食べることが大きなイベントだった。

街並みの集中化、形成に<鉄道>の駅が与えた影響は大きい。そしてその街を解体していくことになるのが<自動車>の存在。集団を運ぶ乗り物から、個を運ぶ乗り物に社会の中心が動いてきて、これからも都市や街並みは変化を遂げていく。街は生き物だといわれ、成長に可逆性はないだろうけど、なんだかセンチメンタルな気分になることは否定できない。