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akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

ものごとに大事にされる人

別なところでも書いたけれど、「ものごとに愛されてしまう」人っていませんか?

たとえば、バスケットボールの才能に恵まれた人はNBAに数多くいるけれど、
バスケットボールそのものに愛されている人は少ない。

音楽の才能に恵まれて、名声もお金も手にいれているのに、
肝心の音楽そのものに愛されていない人とか。
すばらしい映画を撮れるのに、映画に裏切られ続ける人。
おもしろいマンガをいっぱい描けるのに、
「この人は、マンガの神様から愛されていないじゃないか」と、
(どこで線引きがあるわけじゃないけど)
ふと、そんなことを感じさせてしまう人。

時々、つらつらと考えてしまうんですよ。意味はないんですけどね。
この感じは、必ずしも有名であるとか巨匠であるとかに関係なくある。

神様とか愛とか言って、そもそも西洋の文物を持ち出すのもなんだけど、
成功している人であってもそういう気持ちにさいなまれたりすることがある人は、
けっこうな数いそうだし、ほんとうに苦しいだろうな。

あるいは特別に成功してない僕らでさえ、
日常のふとした瞬間に、そういう印象がよぎる時があるよね。
「ああ、この人は自分よりスキルは下だけど、知識も欠けてるけれど、
このジャンルの目に見えない大きなものに愛されている気がする」
そんな、あれっ、という瞬間。。。

マイケル・ジョーダンや長嶋茂雄より、
成績や記録に優れている人はたくさんいても、
彼らがそのジャンルの神様に愛され続けたことは間違いない。
スーパースターを持ちださなくても、僕らのいる小さな世界においても
見えざる手が残酷なまでに人生を左右している気がする。