akimof の日記

酔いどれアキモフは、電気羊の夢を見るか?

橋下さんの実験は成功するか。

どこからどこまでが本当の報道なのか、記者でも評論家でもないのでわからない情報も多いけれど、そんな前置きをいれつつ、とりあえず橋下大阪市長について考えてみたい。

橋下さん、選挙では府知事選でも市長選でも圧勝して、「やってみなはれ」精神の大阪では人気が高いようだ。ただ、ここ東京で伝え聞くところによると、知識人層や文化的な市民の層の中にあっては、なにやら不人気という話もある。それはおそらく、強硬な教育改革や文化的な予算をカットを示す政策で評判が悪いらしい。かのヒトラーになぞらえられて、ハシズムだの独裁だのという言葉を頂戴しているようだ。

そんな橋下さんの掲げる政策の具体的なところは知らないのでひとまず置いて、僕が彼に感じる好感の部分を一言でいう。それは、「官僚主義」を打破しようとしている(のように見える)点である。

政治主導を公約に掲げた民主党、そしてかつての自民党も、霞ヶ関の官僚たちを自由自在に動かすことはできないでいる。それは、本当に難しいことなんだと思う。なぜなら、地方選挙でポッと出てきた人はもちろん、官僚から議員になった人もそうだけれど、東大からパワーエリートとして巨大機構に組み込まれて、日々切磋琢磨している多くの人材たちの情報量や知見、それに携わってきた長い時間にそう簡単に勝てるわけないからだ。あなたが国会議員になってある案件を立案しようとする。すると、関係省庁の膨大な資料の山、関連した法律や行政書類の山、複雑な情報、さらに明文化されていない具体的な知識や知見の山がきっと目の前に積まれることになるだろう。5人くらいの官僚からレクチャーを受ける。ふーっ、やれやれ。そんなエリートを前にして知識で上にに立ち、説得し、明確な指導ができると思いますか?おそらくその膨大な情報の前でつぶやけることは、自分は「民意」で選ばれたくらいのことだけじゃないだろうか。日本の国会議員は、議員立法は少なく、行政(官僚たち)による多くの立法を単に追認しているだけであり、その後の地元や組織への利益誘導をするだけの存在になっているのは、このような「実力差」からきてるのではないか。戦後70年を迎える日本で、官僚組織に蓄えられた情報量というのは、想像を超える以上に、いかにも大きいということなのだ。

橋下さんが挑んでいるのは、この霞ヶ関のミニチュアである大阪府と大阪市の官僚機構だ。ミニチュアといっても、東京都に次ぐ巨大組織だから、霞ヶ関とは違えどすさまじい戦いになる。地方の首長は直接選挙なので、この「民意」を活かしつつ周囲にブレーンを配し、人事権を駆使しながら行政の機構改革を進めていこうとしている。今の国会からして見てのとおりだから、地方議会の既存政党なんて官僚のいいなり(表面的には持ち上げておいて実質は何もできなくさせておくだけ)だろうから、足を引っ張ることはあっても味方はしてこない。なので、こちらも維新の会に入れ替えようとしている。このように、彼の明確な「官僚主義」との戦いぶりを見ていると、今までそういうことを口で言っている政治家は多く見てきたけど、本気で行動を起こした唯一の例じゃないかとさえ思えてくる。小沢さんや渡辺さんなど行政改革を主張する政治家は、基本的には官僚とは対峙する立場にいるわけだけれど、彼らをしても事はなかなかうまく捗らないのが現実だから。つまり、橋下さんがやっていることは、この悪しき官僚主義を打破する実験なんだと思う。それも千載一遇のね。大阪を「都」にするとか、地方に実権を委譲して道州制に導くとか、ベーシックインカムの社会を達成するとかはあくまで結果であって、まずこの既得権を抱え肥大化した機構を壊して作り変えることが可能なのかどうか。この一点にかかっていると思う。

大阪でこの実験が頓挫すると、おそらく東京でも、国でも、もうこういう機運は生まれにくくなると思う。残るは外圧に頼るしかないという情けない事態が待っているだろう。